Thanks Steve !

スティーブ・ジョブズが亡くなって一年が経った。もう一年経ったんだなぁ…。
いつの日か、スティーブ・ジョブズも過去の人になるだろう。でも、僕の中では永遠に生き続けると思う。

コンピュータというもに初めてであったのは、僕が高校生になった頃だった。当時はまだコンピュータは一般的ではなく、コンピュータと言えばせいぜいミニコン。その後、NECのPC-8001を初めとした「マイコン」ブームが起き、本格的に触ったのは親友が買ったMZ-2000。そしてその数年後、自分で初めて手にしたのが、PC-8801mkIIだった。

当時のコンピュータは非力で、「漢字が使える!」とか「写真が表示できる!」と感動していたのを今でも覚えている。フロッピーディスクが普及し始めたころは、ディスク1枚が1,000円位していて、10枚セットで1万円という価格は学生の僕にとっては清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったものだった。

でも、当時のコンピュータは可能性に対する期待はあったものの、使ってみると大したことはなく、最終的に自分が下した結論は「もう、コンピュータに関わるのはやめよう」というものだった。そして、PC-8801mkIIを友達に譲り、二度とコンピュータは買うまいと決断をしたのを今でも覚えている。

ところが・・・

そんな僕の気持ちを一瞬で変えたもの。それが友人の家で見たMacintosh SE/30。

マウスを使ったユーザーインターフェイス、ビットマップディスプレイ(最近の人には訳が分からない話題かもしれないけれど)など、カルチャーショックという言葉では表せないほどのショックを受けたのが昨日のようだ。約50万円という学生にとっては高額な商品であったにも関わらず、購入を決意するまでにさほど時間はかからなかった。
あの時、Macintoshに出会っていなければ、コンピュータとの関係は大きく違っていた事と思う。

今では、毎日のようにMacintoshを使い、仕事でもそこそWindowsを使い、iPhoneとiPadは生活必需品になっていて、友達や友人からもコンピュータやiOSデバイスについていろいろ質問をもらう・・・。そんな自分になれたのも、Macとの出会い。言い方をかえれば、Steveのおかげだと思う。

Illustratorを使ってパンフレットを作ったり、Dreamweaverでウェブサイトを作ったり、FileMakerでデータベースを作ったり・・・。今では日常的にやっていることも、すべてはMacとの出会いがきっかけで、それがなければ絶対にやっていなかった。

すべてはMacとの出会いのおかげ。すべてはSteve Jobsのおかげ。

Steveに会ったことはないから、実際にどんな人だったのかわからない。でも、僕の人生に大きな影響を与えてくれた人であることは間違いない。きっと、僕の人生に「もっとも大きな影響を与えた人」だろう。もう彼はこの世にいないけれど、彼の命日である今日、彼に伝えたい一言がある。

「ありがとう、スティーブ。僕の人生を変えてくれて」

世の中にはきっと、僕みたいな人がたくさんいると思う。できることなら僕の残りの人生で、一人でも多くの人の人生に違いを作りたいと思う・・・。

 

著作権は誰のもの?

最近、ラジオをほとんど聴かなくなった。昔は車で移動する時にはFMを聴くことが多かったけど、あれが出来てからはラジオにとんとご無沙汰してます。

あれとは・・・iPod。

iPodも、単に「音楽を持ち運べる」と言うだけならラジオを聴く時間はあったと思うけど、Podcastの存在が、僕の中からラジオの存在をほぼ消し去ってしまった感がある。

ラジオよりも音質が良いし、なにより好きな時に聴ける。ラジオのようにオンタイムじゃないけど、それでもニュースじゃなければ問題ないくらいのタイムラグしかない。そして「あ、聞き逃した!」という時にはすぐに戻せるし、飛ばしたい時には飛ばせるメリットもありますね。

そんな便利なPodcastだけど、不満な点がひとつだけある。それは、音楽が一切流れないこと。なんでも、著作権を牛耳っているJASRACさんが、「たとえアーティスト本人であってもダメ。鼻歌もダメ」って規制してるらしい(注:調べた訳じゃないけど、Podcastを聴いてる限りそんな感じ)。

でも、ワンフレーズだけでも良いから聴きたいし、その方がCDやダウンロードの売上が伸びるんじゃないかな?と素直に思います。

ラジオだって、Radikoみたいなアプリを使って(地域限定とは言え)ネットでリアルタイム配信しているわけで、それは「電波からネットの時代へ移行している」ということをラジオ局も理解しているからだと思う。ラジオの用に「一曲まるまる放送」なんかしなくてもいいから、曲の雰囲気がわかる程度にPodcastで流してくれたら良いのになぁ・・・。

僕は普段、iTunesやApple TVで海外のインターネットラジオを聴いているんだけど、そこで気になった曲をiTunes Storeでダウンロードしたり、レンタルCDを借りたり、はまたまCDを購入したりってことが少なくありません。ラジオを聴かない僕にとって、音楽に関する情報源はほぼインターネットのみと言えるわけです。

でも、日本は「ほんのちょっと」の放送もNG。著作権って、作曲家やアーティストの権利を守るためのものであって、何から何まで規制するためのものじゃないよなぁ・・・と思います。時代が変わってきているんだから、JASRACも既得権益にしがみついてるんじゃなくて、そろそろ考え方を変えないとマーケットがどんどん縮小するんじゃないかな。

例えば、

  • 放送できる時間に制約を設ける。
  • イントロなどにはかならずナレーションをかぶせる。
  • 一定時間以上流す場合は、BGMとしてバックで流す

とかすれば、結局は売上増に繋がって、聴いてる人も、流してる人も、作った人も、みーんなHAPPY♪なのではないかと思います。
そろそろ、Podcastでの楽曲使用について、少し規制緩和をして欲しいものです。

 

「注ぎこぼし」について思うこと

ちょっと前、Twitter経由で「日本酒の注ぎこぼし」についての記事を読んだ。

前回もこのブログに書いたけど、僕としては「いろんな考えがあっていいんじゃない?」というスタンスなので、誰が何を考えようがどうでも良いと思う。「あなたが何を考えても良いから、僕が何を考えてもほっといてね♪」っていう感じです。でもその記事には異論を唱えたい。

なにがイヤかといいますと、枡が不潔! 使い捨てならわかりますが、四隅がきれいに洗われていません。しかもその枡が安い漆塗り風の枡だったりすると、すでに周囲がべたついていることもあります。そして皿が汚い。いろんな匂いがついています。専用に洗うわけがありません。そんな皿にこぼされた酒がどうして飲めましょう。

皿や枡に入ったグラスの底が信頼ならない。そのグラス、机や棚に今まで置いてなかった?汚い底にくっついた酒を飲ませるの?

<途中略>

これじゃあ、丁寧につくられた繊細なお酒は浮かばれません。
だいたいがケチくさい発想から始まった妙なスタイル。その発想、味を大切にするワインの世界じゃありえません。
こぼし酒(怒)撲滅運動!推進中!

日本酒の「注ぎこぼし」を不潔だし、繊細な日本酒にかわいそうだからやめませんか?という提案を聞いた件

ちょっと待った!

反対意見を持つのは自由だけど、撲滅運動を推進するとなると話は別だぞ。
個人的には、注ぎこぼしはどっちでもいい。賛成とか反対とか、どっち寄りって事もない。でも、他人に迷惑をかける訳じゃないなから、どうしようが飲む人の勝手じゃないかな?

個人の意見を持ったり(「注ぎこぼし」は嫌い)、それを主張しようとする(俺は「注ぎこぼし」が嫌いだー!)のは自由だけど、その考えに一本化しよう(だからみんなやめさせよう)とするのは違う気がする。

お酒は嗜好品だし、飲み方も人それぞれ。「冷やで飲んで欲しいな」と思った日本酒を「熱燗で!」という人もいるかもしれないし、長い年月熟成したウィスキーをソーダで割る人もいるかもしれない(僕はストレート派なので)。でも、飲む人が楽しければいいんじゃないかな?

グラスや皿、枡が不潔だ!と思うなら、お店の人に「やめて下さい」と言うことも出来るし、それが「丁寧につくられた繊細なお酒に失礼だ」と思ったら、そういう店には行かなきゃ良い。でも、それが楽しくて、そういうお酒が美味しいという人だっていると思う。

それを見て、「自分ならこうするな」とか「あー、こうやって粗末に扱う人もいるんだ。その分、自分が飲むときは丁寧に扱おう」とか思えれば、それでOK。もっと気楽に楽しみましょ♫


僕はかなり前からのMacユーザーで、Apple製品はとにかく丁寧に扱ってます。
Macは、新しいモデルを買うときにオークションで売ることがほとんどなのですが、MacBook Proを売ったときも、PowerBookを売ったときも、落札者の方から「これって本当に使ってたんですか?」とか「まさかここまで綺麗だとは思いませんでした」とか言われました。

でも、今まで出会ったMacユーザーの中には、ケースも使わずに鞄に入れていて表面はキズだらけ。角も凹みがあちこちに・・・なんて人もいました。でも「Macは大切に使おう!」「ケースに入れないの反対運動」とかしようとは思わない。まぁ、量産されるコンピュータと杜氏さんが手間暇かける日本酒は違うかもしれないけれど。

いろんな考えの人がいるってことを前提に、自由を尊重することも大事なんじゃないか、と思ったのでした。

 

Twitterライフのすすめ

TwitterもFacebookも「ソーシャルメディア」というジャンルでくくられる。
でも、この二つは大きく違っていて、個人的にはTwitterの方が好みだったりします。

その理由は「ゆるく楽しめること」。

常識の範囲であれば、特に堅苦しいルールなしで気軽に楽しめるのがTwitterの良いところ。
今現在、Twitterのサイトには「ツイートする…」と書かれているけど、僕が最初に始めた頃は「今なにしてる?」だったと思う。要するに、今やってることを好きにツイート(昔は「つぶやく」っていってたけど)しましょうってこと。人が不快に思うようなことじゃなければ、基本的にツイートしちゃいけないことはないし、フォローするのもアンフォローするのも自由。

確かに、時々「これはどうかな?」って思うツイートに出会うこともある。
でも、それがイヤだったらアンフォローすればOK。ブロックだって出来るんだから、目くじらを立てることもない。
僕自身、Twitterは「気楽に」楽しみたいし、思ったことを気軽にツイートしたいので、相手に対しても「どうぞ、なんでもご自由に♫」が基本のスタンスです。
ただ、不特定多数の人が見ているわけなので、言葉遣いとかはちょびっと気を遣ったりします。
Time Lineを見ていると、たまに本気になって議論している人がいて、もちろんそれはそれで自由だけど、僕は「もっと楽しめばいいのに」と思っちゃう(当人はそれが楽しいのかもね♪)。

最近、特に思うようになったのが、「みんな考え方はそれぞれ。正解なんてない」とか「みんな違うんだから『普通』もないよなー」とかいうこと。だから、自分と反対の意見を言う人がいても、それはそれ。「そういう考え方もあるなぁ」って思う。

そういう風に考えると、毎日が結構楽しくなります♫

「世の中にはいろんな人がいる」「みんな一人一人考え方が違う」「全員、違った価値観で生きている」と考えると、自分自身も気楽になってくる。ポイントは、他人に迷惑をかけたり、イヤな思いをさせないことですね。
もともと日本人って、そういう風に生きてきたんじゃないかな?と思います。最近はそうじゃない人も多いけど…。

Twitterみたいに「ゆるく」過ごすのって、実は人生を楽しく過ごすコツなんじゃないかな?って思ったり。結構簡単だから、オススメです。

Twitterに対する基本ベース

最近、単にフォロー数を増やすためだけの目的でフォローしてくる人が増えてる気がする(きっと、自動でフォローしてくるんだろうけど)。そういう人はブロックします♪あらかじめご了承下さい。
僕のTwitterに対する基本ポリシーはこんな感じです。

・ツイートが「ゼロ」の人は原則的にブロック。だって、どんな人かわからないもん。
・プロフィールが空欄の人もほとんどブロック(アイコンがデフォルトだったら、確実にブロック)。
・ツイート数に比べて、フォロー/フォロワーが極端に多い人もブロック(どう見ても、単に数を増やしたいだけだもの)。
・URLのツイートばかりしている海外の人はブロック。たまにスパム報告。
・フォローもアンフォローもご自由にどうぞ。こっちも自由にやりますので。
・アイコンが素敵な人はフォローする確率が高い。
・フォロー返しっていうのはやりません。基本、ツイート内容重視。
・なんでもツイートするので、ツイート多めです(笑)

TwitterのTime Lineは情報ソースとして結構活用しているので、あくまでもツイートありき。で、せっかくだから素敵なアイコンを並べたいので、アイコンも重視だなー♪

 

落語会のお知らせ♪

三之助三昧チラシ落語ってものを知らない人はいないと思う。ちゃんと聴いたことがなくても、「落語って何?」という人は多分いないでしょう。

私が初めて「ちゃんと」落語を聴いたのは2005年のこと。当時無料配信されていた「にふ亭ぽっどきゃすてぃんぐ落語」でした(現在も有料で配信されています)。それまでは、「落語=笑点」みたいなレベル。そして、初めて生で落語を聴いたのは2010年8月なので、本当にまだまだ初心者です。

そんな私が「地元で落語会をやりたい!」と思い、まもなく第三回の落語会を開催します。

厳密に言うと、落語会をやりたいと思ったのではなく、とある噺家さんに魅力を感じて「この人を呼びたい」と思ったのがきっかけでした。その噺家さんとは、柳家三之助さん。

柳家三之助のまめさを鍛える場所

ちょっと前まで落語なんてものには全く縁がなかった私ですが、初めて参加した落語会で三之助さんに出会い、思いっきりファンになってしまい、そして落語会を開催してしまうことになるんだから・・・出会いというのは面白いものです。

「ぽっどきゃすてぃんぐ落語」に出演しているのは全員「二つ目」。いろいろな噺家さんが登場する中で、特に興味があった噺家さんの一人が三之助さんでした。

去年の8月。たまたま(本当に思いつきで)「落語でも聴きに行ってみようかな?」と思い立ってネットで調べてみたところ、その日、三之助さんは鈴本演芸場と調布のアラパンスというレストランの二ヶ所に出演することが判明。寄席というものにも興味はあったけど、どうせ行くなら好きな噺家さんの独演会の方がいいだろうという軽い気持ちで調布へ。今思えば、これがGOODな選択だったわけです。

調布「あらぱん亭」:南欧料理の店「アラパンス」で毎月開催されている落語会

落語はもちろん面白くて、また、大きなホールではなく小さなレストランだったため表情もよく見えて「やっぱりライブはいいなぁ」と思ったわけですが、私が落語にはまるきっかけになったのはその後の打ち上げでした。

運良く三之助さんの正面に座らせてもらい、落語についていろいろと話を聞くことができました(今思えば、ホントに初歩的な質問ばかりしていたわけですが、丁寧に答えてくれた三之助さんに感謝♪)。

なぜ噺家になろうと思ったのか?という、多分今まで百万回は聞かれたであろう質問に始まり、修業時代の話や落語の基礎の話まで・・・。初心者の私にとっては、「その日のネタは高座に上がってから決める」とか「落語は書かれた台本があるわけではない」とかいう話は新鮮だったし、「噺家になる前に1年間リサーチした」「弟子入りは師匠に手紙を書いたのがきっかけ」「小三治師匠から直接稽古を付けてもらったことはない」とかビックリしました。

この時に「そうか、落語会は落語を聴くだけじゃなくて、その後の打ち上げで落語以外の話を聞くのが面白いのか」という勘違いをしてしまい、「それなら、自分で呼ぶのが一番いいのでは?」と思って、その日のうちに「呼んだら来てくれますか?」と直談判しちゃってました(笑)。

生まれて初めて落語会に行って、その日の打ち上げで「来て下さい!」ってお願いしちゃうんだから、無謀と言えば無謀だったかもしれませんね。
でも、おかげさまで第一回の会は無事に終わり、二回目もなんとか終了。これからは定期開催に向けて地盤作りをしたいと思います。

キャリアは浅いながら、時々寄席に行ったり、CDやポッドキャストで落語を聴いたりしていますが、小三治師匠は別格として、三之助さんは若手の噺家さんの中ではなかなかの実力派だと思います。これから初めて落語を聴く人にもきっと楽しんでもらえるでしょう。

と、いうことで、第三回「三之助三昧」のお知らせです。

下記の日程で三之助さんの独演会を開催します。第一回や第二回は私からのリクエストで、修業時代の話を入れてもらったりしましたが、今回はすべてお任せして、たっぷりと落語をお楽しみ頂きます♪

・日時:2011年1月14日(土)17:00
・場所:高崎市総合福祉センター 会議室4
・木戸銭:前売り 2,000円、当日 2,500円

なお、当日でも「ブログで見た」「ツイッターで見た」と言ってもらえれば前売り扱いとさせて頂きます。
お申し込み・お問い合わせはTwitter経由でどうぞ。